春の季語『亀鳴く(かめなく)』

春の季語『亀鳴く(かめなく)』

解説
実際には亀は鳴きません。藤原為家の『川越のをちの田中の夕闇に何ぞときけば亀のなくなり』という和歌があって、そのために出来た季語だと言われています。

実際には鳴かない亀の声というのはなんとも諧謔味(簡単に言うとユーモアのこと)があっていいものですよね。これがどうして春の季語かと言うと、春の陽気に誘われて冬眠から覚めた亀が日向でアクビをしている様子などが春っぽいからじゃないでしょうか。

のんびりした風情があります。

季語『亀鳴く(かめなく)』の俳句と鑑賞

亀鳴くや夢は淋しき池の縁 内田百間

鑑賞:内田百間という作家の一句です(百間の間という字は本当は門に月と書きます)。昔の作家は俳句を嗜んでいる人が多いですよね。芥川龍之介とかも。

さてこの句、『や』で切れています。

亀鳴くや…(ここが切れ)…夢は淋しき池の縁

意味としては、夢を見た。それはさびしい池の縁(ふち)の夢だった。(空白)亀が鳴いた。というような感じでしょうか。なにかが起こったわけではありません。ただ、夢の中のさびしい池の縁では亀が鳴いたというだけです。
この人の小説にも通じるような夢と現実の境目に迷い込んだかのような感じです。そもそも『春眠』という言葉があるように春は眠いですから、うたた寝の最中だったのかもしれません。

実際には鳴かない亀も夢の中なら鳴くんでしょうね。

亀鳴くと鳴かぬ亀来て取り囲む 渡辺隆夫

鑑賞:『亀鳴く』という季語そのものを題材にして一句です。上手いですよね。
まず、ここには鳴く亀鳴かない亀がいるわけです。そして鳴く亀のことを鳴かない亀が取り囲むと。それだけのことですが、人間社会の風刺のようで面白い句になっています。風刺は川柳が得意な分野ですが、俳句だってなかなかのものです。

人間も意見のはっきりした人を意見のはっきりしない人が取り囲むものです。従うために、時にはみんなで責めるために。亀の世界もそうなのかもしれません。

亀鳴くといへるこころをのぞきゐる 森澄雄

鑑賞:これも『亀鳴く』という季語そのものが題材になっています。

誰かが「亀って鳴くんですって」と言った。こちらは亀が鳴かないことを知っている。さて、どうしてこの人はこんなことを言っているんだろう??

そんな意味です。亀が鳴くと言っている人もその心を覗いている人もちょっと暇を持て余してる感じですよね。忙しいとそんなことに構ってられませんから…。

それがのどかで春っぽい感じがします。

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