春の季語『立春(りっしゅん)』

春の季語『立春(りっしゅん)』

解説
二十四節気(下記参照)の第一番目。春の始まりを告げる日である。冬が終わりこの日から春が始まります。

「寒い日が続きますが、暦の上ではもう春です」

とテレビのアナウンサーが言うのもこの日。だいたい2月4日か5日に当たります。

ちなみに立春の前日が『節分』であり『豆撒き』などで悪魔を追い払って新しい季節を迎えようとするわけです。

『立春大吉(りっしゅんだいきち)』も季語として使われ、動詞では『春立つ(はるたつ)』『春来る(はるくる)』『春に入る(はるにいる)』などがあります。

※二十四節気:1年を24等分しその節目節目に名称を与えたもの。

季語『立春(りっしゅん)』の俳句と鑑賞

ご破算で願ひましては春立てり 森ゆみ子

鑑賞:読み方は「ごわさんでねがいましてははるたてり」です。まさに心機一転という感じです。春は学生達にとって、また社会人にとっても新しい年度です。今までのことは一旦ゼロにして春を迎えたということです。

この句の良いところは「ご破算で願いましては」という誰でも知っている言葉を持ってきていることです。これによって親しみやすい良い句になっています。

これが別の言い回しだと、「当たり前のことを言ってるだけで面白くない」と言われるかもしれません。「ご破算で願いましては」が効いています。

立春の米こぼれをり葛西橋 石田波郷

鑑賞:立春と言えばこの句というほど有名な句です。しかしわたしはこの句の良さがいまいちわかりませんでした。そこで少し調べました。

この句ができたのは戦後で物資が乏しいころであり、また「葛西橋」というのは文学的に有名な橋ではなくごくごく一般的な橋であるということです。

つまり、この句ができたころ米は大変貴重なものであり、それがそこいらの橋に落ちていたという句になります。貧しい戦後の日本の希望を象徴するのがこぼれた米だというのは非常に象徴的ですね。日本人の生活を支える米がこぼれるほど行き来する橋に明るい未来(春の到来)を見たのでしょう。

米にフォーカスをあてたところが発見ですね。

立春の海よりの風海見えず 桂信子

鑑賞:意味は非常にわかりやすい句ですね。しかし、この句は『切れ』がポイントになります。

立春の海よりの風…(ここが切れ)…海見えず

このように切れるのでこのように読みましょう。立春の海というと新しい光でキラキラしているイメージがありますよね。そこから風が吹いてきている。おそらく気持ちの良い風なのでしょう。しかし、ここまで来て「海見えず」とオチが来ます。

「見えてなかったのかよ!」と思わずズッコケるところですが、風が海から来たとわかるほどそこの地理を知っている。つまり生活圏なのでしょう。だからこそまるで見えてるかのように頭の中で立春の海が映し出されるわけです。そういう気配という意味では新しい一年の予感と響き合いますね。

また、このように『立春の〇〇』という使い方は使えますので覚えておきましょう。

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