春の季語『春寒し(はるさむし)』
季語『春寒し』の俳句と鑑賞
春寒の指輪なじまぬ手を眺め 星野立子
鑑賞:高浜虚子の娘である星野立子の一句です。春寒という時候の季語に指輪や手という小さなものを合わせるという基本的な形になっていますね。
春が来たのに寒い…。せっかくの指輪がまだ馴染んでこない手を見つめている。
というような意味でしょうか。指輪と春が呼応していますよね。「春が来た」という言葉は「恋が成就した」という意味もありますから。しかも指輪ですからね。ご結婚されたのでしょうか。
でも、「なじまぬ」「春寒」と言ってますから、なぜか喜べないところがあるのでしょう。そこにリアリティがあります。
春寒や七味ふりこむにしんそば 稲垣きくの
鑑賞:この句は「や」がありますからその後で切れます。
春寒や…(ここで切れ)…七味ふりこむにしんそば
春がきたのにまだ寒い。
にしんそばに七味をたっぷりとかけた。
という意味ですね。「にしんそば」は主に冬に好まれる食べ物です。そこに七味をたっぷりとかけています。「ふりこむ」ですから。ただ「ふった」だけではありません。押し込むように振っています。
七味によって体を温めようという気持ちと、まだ寒いけれどもう春なのだという気持ちが響き合っています。「余寒」ではなく「春寒」を使っているからこそ「春」に気持ちが傾いていることがわかります。
春寒し鰻割く刃は骨に沿ひ 田川飛旅子
鑑賞:田川飛旅子という俳人の作品です。個人的に田川飛旅子の作品は大好きです。
ちょっと説明しますと、俳句作りには客観写生という考え方があります。ひたすらモノをみて俳句の形にするというものなのですが、田川飛旅子という俳人はひたすらその道を進みました。まるで科学者のように一切の感情をいれず。俳句にも多少の気持ちが入るものです。また情感も大事だったりします。しかし、彼はひたすら客観的に俳句を作り続けました。結果、非常に面白い俳句がたくさん作られたのです。
なので、おそらくこの俳句もそのように作られたのですが、この俳句には情感がありますよね。
ウナギを割く(さく)、つまりさばく時に刃を骨に沿わせている場面なのですが、ウナギという不思議な魚と刃物の雰囲気が「春寒し」に通じるものがあります。
客観写生を突き詰めていくと、情感が向こうから勝手にやってくることがあります。こういう俳句の作り方も参考になります。
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